「交渉理論」について
ウルフルズが歌う「明日があるさ」に次のような1節がある。
♪新しい上司はフランス人 ボディーランゲッジは通用しない
これはチャンス これはチャンス 勉強しなおそう♪
どのようなことでもチャンスと捉えて勉強する。そういう態度は今後ますます重要になってくる、と思う。では、何を勉強すればよいのか。状況に応じて必要と思えるものにチャレンジすればよいのであろうが、この歌の場合は「コミュニケーションが出来るもの」ということになろうか、と思う。さしずめ交渉学はその1つになるであろう。(歌からは実用的語学のニュアンスがあるのだが…。)企業が国際化すればするほど、日本流の「腹を読む」などという芸当は困難である。もっとも高齢者と若者の間でのコミュニケーションも困難なことであるのは間違いない。
それでは、コミュニケーションが上手く行くようなことを学べばよいのであろうか。もちろん、話し合うという行動がとれることは重要なことである。しかし、重要なことは何を話し合うかである。話し合うことの内容、それを認識し把握していなければいくらコミュニケーションを学んでいても仕方がない。いくら説得術をマスターしていても何を説得するかの内容が十分に捉えられていなければ困ったことなのである。交渉理論はそのような視点から、テーブルに就いて話し合うという研究・教育からテーブルに向かう前にどのような準備が必要か、という研究・教育も包含するという形に変わっていった。「交渉における準備」といった形での研究が進んだのである。それでは、十分な準備をする、とはどのようなことをいうのであろうか。
準備の理論としてR. FisherとD. Ertelは“Getting Ready to Negotiate”を著し、その書で交渉の7つの要因を示した。講座のなかでも、あるいはハンドブックでも示されているものである。交渉においてはこの7つの要因が十分に検討されていなければならない、という論理である(ただ、フィッシャー達が示したものはその7つの要因と、それらをどう考えて準備をするか、という概要である。
個々の要因について詳しく検討するとすれば、他の領域の知識・理論を借りてこなければならない。)。それによって交渉理論の枠組みが出来上がった、と思われたのであるが、それではまだ十分ではないことが3D交渉という考え方としてD. LaxとJ. Sebeniusによって提起された。交渉は単に個人的なものだけではない。もろもろの利害集団(stakeholders)が絡んでいる。それら利害集団の調整をしなければ相手方に押されてしまう。これをセットアップ(枠組みの設計)と呼び、これを十分にする必要があると説くのである。(準備の段階のものを「取引設計」と彼らはいう。)昨年のヨーロッパが提唱した「黒マグロ漁獲規制」に関する国際会議で規制禁止が否決されたのは、日本の農水省の努力によるものではなく、中国のこの3D的な努力が効果を表したものだと私は考えている。アフリカ諸国と、日々の活動を通じて諸々の利害関係を構築しているということが、事に当たって効果を示すのである。ここに、単なる論理の妥当性だけでは図れない交渉理論の難しさがある、と思う。
以上
著書紹介 土居 弘元氏
国際基督教大学 名誉教授
特定非営利活動法人日本交渉協会 名誉理事
- 1966.3
- 慶応義塾大学経済学部卒業
- 1968.3
- 慶応義塾大学大学院商学研究科修士課程修了
- 1971.3
- 慶応義塾大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学
- 1971.4
- 名古屋商科大学商学部専任講師から助教授、教授へ
- 1983.4
- 杏林大学社会科学部教授
- 1990.4
- 国際基督教大学教養学部教授(社会科学科所属)
- 1995.4
- 教養学部における一般教育科目として交渉行動を担当
- 2007.3
- 国際基督教大学を定年退職 (名誉教授)
- 2007.4
- 関東学園大学経済学部教授 現在に至る
【著書・論文 】
- 『企業戦略策定のロジック』 中央経済社 2002
- 「価値の木分析と交渉問題」 “Japan Negotiation Journal”Vol.2 1991
- 「交渉理論における決定分析の役割」 “Japan Negotiation Journal”Vol.16 2004