自らの殻を破って国内から海外に挑戦した異文化経験での交渉力 米国編②
アメリカには黒人、中南米人、アジア人やアフリカ人など多彩な人種が世界から来て共存している。アメリカ人のフロンティア・スピリットは、こうした多様な人達との交流を通して、1ヶ所に定住することなく新しい土地へ移っていく考えから生じたもののようだ。このいとも簡単に地理的に移るという考えが、職業的にも簡単にジョブホッピングする考えに共通する。アメリカの履歴書はよく複雑な方が良いといわれる。能力があるから他の会社から引っ張られたという事が勲章になる。一旦、他の会社から引っ張られて辞めたマネージャーが再度就職を希望してきたのには驚いた。
日本でこうした職歴欄が複雑な人は腰が軽いと思われ信頼されない。
当然、価値観の違う人とのコミュニケーションや交渉のあり方も異なってくる。
①アメリカで多いレップ制度から業界で初めて直販制度に
アメリカに赴任して3年目、NY営業所の責任者の時、日本で主流だった自社のセールスマンによる直販制度を実施した。レップ制度では代理店のセールスマンがただ売るだけで、代金の回収もせず商品の在庫も持たない。その為、売掛金の回収が滞り、流通段階にいつの間にか多くの在庫が溜まってしまう事が多発した。この直販の実施をアメリカ人に提案して交渉した。いきなり日本流のやり方を実施する事は、彼らを混乱させ失望を与えてしまう。
先ずこの考えを皆のテーブルに投げ出してみる。案の上、黙っていては無能の人と思われる米国だから、反対の意見が多く出た。それでもあきらめずに、数多くの成功事例と改善点を判り易く説明した。ビジュアルにして単純化し、更に手順書と工程表も作り皆を巻き込んでいった。
アメリカの交渉や妥協は、こうしたブレーン・ストーミングの中で話しあいながら妥協点を見出していく事が大切だ。当然トップは日本と違い根回しなど不要で、決定権を持って強い意思で会議を主導し共通テーブルを探すことだ。決定したら動きが速いのがアメリカだ。真冬のマイナス20度にもなるナイヤガラの滝で有名な町から始めた。飛行場で荷降ろしされた新商品のテレビとビデオをレンタカーに積み込み、一軒一軒米国人のエリアマネジャーと同行して売り込んだ。この動きは販売店が興味を示し成果を上げ、最後は全米で成功をおさめた。
②アメリカで多いクーリングオフによる返品を皆で考え整理し、業者に逆返品した
米国で暮らしていると日本と違う事がいくつかある。そのうちの一つが返品だ。例えば家電販売店で大型テレビを買っても、一週間後気にいらなくなったら「映りが悪い」などといって、いとも簡単に返品ができお金が全額返金される。殆どの商品が返品可能なこの仕組みは、消費者にとってはリスクもなく誠に便利だが販売店やメーカー泣かせも甚だしい。返品に応じない店はネットで徹底的に糾弾されるようだ。
この商習慣を悪用する販売店に激怒したことがある。店に責任がある商品まで返品してきている事実を発見した時だ。早速セールスマンや販売課長と一緒にワイシャツ姿になり、全部の返品を仕分けした。積み上げられた300点くらいの商品を①店の責任で逆返品する②返品に応じるべき③どちらかわからないに振り分け、①は理由書をつけて販売店に返した。その中に店頭で長い間展示された商品が多く見つかった。店へ逆返品した①の商品はかなりの台数になった。ニューヨークで一番大きな販売店だったが勇気を持って実施した。翌日この店の販売本部長(社長の子息)から抗議の電話があった。
直ちに店に駆けつけたところ、本部長は怒り心頭で当社商品を全部大安売りすると言い、「ここはアメリカだからアメリカのやり方に従うべきだ」という。
私たちは①の部分の非は販売店にありと、アメリカ人の好きなフェア―精神を主張して反論した。仕分けの写真と①~③の明細書をすべてこの本部長に渡して引き揚げた。その後1週間位して販売店の社長から連絡があり、この人が会員になっているゴルフ場に呼ばれた。結果的に社長と本部長が非をわびて一件落着し、取引はむしろ拡大していった。具体性のあるメッセージをはっきり伝え、トップが直接相手の責任者に説得する事が奏功した。「痛み分け」や「まあまあの精神」はアメリカにないと思ったほうが良い。本部長ともそれまで以上に仲直りでき、災い転じて福となった。
その後は他店の大型店でも同様のことを実施して返品が激減した。また引き取った商品も梱包材料等がない不良品も含め、9・11で有名になった貿易センタービルの近くのユダヤ人業者がかなり
良い値をつけ、全品現金で買い取ってくれた。中南米にルートがあるとの事で日本にはない商取引だった。
この件を通じ何事も諦めずアメリカ人を巻き込んで、論理的に自己主張する事の大切さを学習した。
交渉力は相手を打ち負かすことではなく相手と自分の満足を目指すもので、国ごとのコミュニケーションのやり方の違いを確り会得しなくてはならない。
アメリカ人との交渉では、日本のように起承転結のやり方を知らないアメリカ人への話し方に注意しなくてはならない。日本人の意味不明な会話がわからず戸惑うアメリカ人は多いと聞く。
先ず結論の序論を伝える、次に根拠や理由を3つ位説明する、最後にはっきり結論を示す。こうした論法に慣れよう。見違えるように会話がはっきり相手に伝わる。同時に大きなボディランゲッジやアイコンタクト、そして明るく思いっきり笑顔で接する事に慣れよう。ジョークや柔軟性のある接し方が欠かせない。
こうしたアメリカ営業所経営で部下の中から、3人の副社長が生まれた。冷静で人間力あふれるロン、激しい闘志と説得力充分なタッソー、三枚目で絶えず周囲に笑いを呼ぶボブなどアメリカ人は力をつけると正義感を持って、タフでプロアクティブ(事が起こる前に行動する)によく動いてくれる。
個人の専門やスキルを会社に提供するという考え方のアメリカは、雇用する時に何を期待するかはっきり打ち合わせ、常に論理的なフィードバックを忘れず、感情に走らず論旨を明快にしていく事が肝心だ。十を伝える為に十を判り易く丁寧に伝えることが、アメリカ人の交渉で望まれる。「阿吽の呼吸」や「一を聞いて十を知る」等は日本でしか通用しない。
以上
著者紹介 平沢 健一氏
トランスエージェントパートナー G&Cビジネスコンサルタント
大手電機メーカー在職中にはアメリカ、欧州、中国の社長や会長を約20年務め、全現地法人で黒字経営を果たした。中国では生産、販売、サービス、ソフト等13社の統括会社の董事長、総経理を歴任し2商品でシェア-トップを実現、大幅なリストラ、売掛金の回収、強い人脈作りなどで実績を挙げ業界で最初の直販体制と現金回収を実現した。
すでに56ヶ国をビジネスで訪問。現在はG&C(グローバル&チャイナ)ビジネスコンサルタントの代表取締役として、主に中国へ進出する企業の支援などの実務の傍ら、大学/大学院で教え、さらに日本経団連、各地の商工会議所や日中の多くの企業等で海外派遣者教育などのセミナー講師や執筆活動で活躍中。日中における産学官の人脈も豊富で、日中を往来しながら自身の豊富な中国における事業成功体験のほとばしる思いを伝える指導には定評がある。