第23回ネゴシエーション研究フォーラムを開催いたしました。
第23回ネゴシエーション研究フォーラム
2026年3月10日(火)、オンラインにて、第23回ネゴシエーション研究フォーラムを開催いたしました。今回は、組織開発コンサルタントでありコーチとしてグローバル企業のリーダー育成や組織開発に携わっている祖父江玲奈氏を迎え、2025年4月に発売された監訳『異文化理解で磨くグローバル交渉力』に因み、同タイトルでの講演が行われました。


『異文化理解で磨くクローバル交渉力』
Jean-Pierre Coene、Marc Jacobs著、
祖父江玲奈監修、海部夏子訳 2025 Independently published
祖父江氏は外資系コンサルティングファームでのコンサルティング経験、大手製造業でのダイバーシティ推進プロジェクトなどを経て、現在は異文化理解をテーマにした人材育成やコーチングに取り組んでおられます。異文化理解に関するお話は、まずご自身の体験から始まりました。
かつて14ヶ国からのメンバーが集まる国際プロジェクトに参加した際、プロジェクトの進行が常に遅れがちだったそうです。当時はその原因を多国籍のメンバーが集まるため、「英語を通じた意思疎通に原因があるのではないか」と考えていましたが、後にそこにはより深い文化という要因があったと知るようになります。
グローバル展開する大手製造業に転職後も、やはり同様の問題に直面することになります。たとえば、会議資料が予定通りに出てこない、意思決定が遅れる、あるいは逆に突然物事が進んでしまう。こうした現象が繰り返し起こりました。
そのような経験を経る中で、社会心理学者ゲールト・ホフステードの国民性や文化的な価値観の違いを理解するための「6次元モデル」と出会います。この分野の先駆的な研究でありながら、今なお今なお世界中で広く参照され続けているモデルです。ホフステードの研究を嚆矢として、その後幾多の異文化モデルが生まれましたが、彼女は、結局ホフステードのモデルが現実のビジネスに当てはまると感じたそうです。
次に、「文化が人の行動にどのような影響を与えるのか」という基本的な考え方が説明されました。人の行動を決める要因には次の三つのレベルがあります。
1.個人の性格…遺伝と学習によって形成される。
2.グループに共通する文化…国や企業、職業などの共同体の中で学習される
3.人類に共通する普遍的部分
この中で特に重要なのが第二のレベル、つまり文化です。その中で、企業文化のように成人してから身につけたものは意識的に行動を変えることができます。しかしながら、国のようなコミュニティの中で幼少期から無意識のうちに身につけた文化は自覚することさえ難しいため、簡単には変えられません。だからこそ国際交渉のような場面においては、相手の個性の基底にあるであろう異文化を理解することが重要になるのです。
異文化の誤解を象徴する面白い例としてHSBC銀行の広告を見ました。そこではイギリス人の男性が中国のビジネスディナーに招かれる場面が描かれます。料理としてウナギが供されました。ウナギは中国人や我々日本人にはお客様をもてなすのに相応しい高級食材ですが、見慣れないイギリス人にとってはヘビのような不気味な食べ物に見えたことでしょう。実際、そのイギリス人は顔をしかめます。しかし、それでも出された料理を一生懸命完食します。それが礼儀だと思っているからです。一方、それを見た中国人の側も困惑します。なぜなら、なぜなら中国では皿を全部食べるのは、料理が足りなかったという意思表示を意味するからです(現在は変わってきているようです)。そこで、中国人はお客を満足させようと次々におかわりを注文し、ウナギの大きさも次第に大きくなっていきます。
このCMが象徴しているのは、文化が異なることによって、簡単に誤解が起こるということです。たとえ悪意はなく、双方が相手を尊重していたとしても、文化を理解していないと誤解が生まれることになります。この目に見えない些細な誤解が、国際ビジネスの現場では大きなトラブルの元凶となることもあるのです。すなわち、世界でビジネスをするには文化理解が欠かせないということです。
前述の6次元モデルは、このような文化差を理解するためのツールとして有用です。このモデルは文化の特徴を六つの指標で分析し、各国の指標を0〜100の尺度で数値的に比較しています。そのため、国ごとの価値観の違いが客観的に理解しやすいのです。さらに書籍『異文化理解で磨くグローバル交渉力』では、類似する尺度を持つ国ごとに6つのクラスター(文化圏)にまとめています。こうすることで、国ごとに理解せずとも、同じクラスターに属する国は似た傾向を持つとみなすことができ、理解が容易になります。
興味深いのは、日本がどのクラスターにも属さず独立した文化圏として扱われている点です。つまり、日本は似た文化を持つ国がほとんどない特殊な位置にあります。だとすると、日本人にとって異文化理解は似た文化圏を持った国がないだけに、より一層重要だということができます。
講演では具体例として、中国との交渉のケースが紹介されました。中国では、一度合意したはずの契約が後から覆されることがあります。日本人の感覚では、それは「契約違反」と感じられることが多いでしょう。しかし、中国人にとってみれば、契約締結は交渉の終わりではなく、関係の始まりを意味する程度に過ぎません。したがって、締結後により有利な条件を得る余地が生まれたのであれば再交渉するのは当然のことだと考えるのです。
こうした考え方の相違が生まれる背景としてそれぞれの文化があるのです。日本と比べると、中国は権力格差が大きく、また集団主義が強い傾向にあります。そのため、交渉では交渉担当者より意思決定権者との関係構築が重要になるのです。一方、日本人は不確実性回避の傾向が強く、契約は安定した約束と捉える文化があります。こうした価値観の違いを理解しないと、相手の行動を誤解し、「不誠実だ」、「だまされた」と誤解してしまうことがあるのです。
前述のように、どのクラスターにも属さない日本文化とそこから生まれた慣習。それを海外の側から見ると、次のような特徴を持って見えます。
1.日本の意思決定は「ミドルアップダウン」と呼ばれる独特の仕組みを持つ
意思決定はトップダウンでもボトムアップでもなく、中間管理職が重要な役割を担います。提案は部下から上がってきますが、最終的な決定には上司の承認が必要であり、組織全体で合意形成を行う傾向があります。稟議制度はその典型です。
2.日本は仕事に対する意欲や追求心が非常に高い文化を持つ
会社へのコミットメントが強く、昇進や昇格は尊敬の対象とされます。また「一つの道を極める」という求道者を尊ぶ価値観があります。そうした高い品質を追求する文化がカイゼン、おもてなしといった形で反映されているものと思われます。電車が時刻通りに来るのは決して当たり前ではないというわけです。
3.日本では密度の高いコミュニケーションが重視される
いわゆる「報連相」の文化や、データに基づくオペレーション管理などがその例です。稟議制度や報連相は、上司と部下の間に密接な情報共有を求める独特の仕組みであり、海外ではあまり見られない特徴でもあるため、“ringi”としてそのまま英語になっているほどです。
講演の終盤では、文化の違いがビジネスの成果の出方にも影響するという興味深い視点が示されました。縦軸に行動量、横軸に時間をとり、各国の成果を生むまでの行動を曲線で表すと、文化ごとにその曲線は驚くほど違ってきます。例えばオランダでは試行錯誤を繰り返しながら進むため、もつれた糸のように紆余曲折を経ながらカーブが上昇していきます。一方、アメリカや中国ではカーブが階段状になります。日本は指数関数的に右に行くほどカーブが急上昇していきます。ドイツは長く準備を行い最後に一気に成果が出る傾向があるため、L字型のカーブを描きます。こうした違いを理解していなければ、「なぜ相手はこんなに遅いのか」、「なぜ計画を変えるのか」といった誤解が生まれてしまうでしょう。しかし、文化的背景を理解すれば、相手がどのような意図で行動しているのかが見えてきます。祖父江さんがキャリアの初期に経験した、「英語による意思疎通ではない、他の要因」はこんなところにあったのかもしれません。まして14ヶ国ともなれば、少なくとも数個のクラスターに分かれていたはずで、複数の曲線が入り乱れていたことでしょう。国際プロジェクトが難しいわけです。
祖父江氏が強調しておられたのは、異文化理解とは単に知識を増やすことではなく、「自分の眼鏡を外して世界を見る力」であるということです。相手の国の文化、所属する企業の文化、さらには個人の背景など多様な視点を持つことで、交渉の選択肢は大きく広がります。異文化理解は、誤解を防ぐための防御的なスキルではなく、むしろ、新しい視点を得て可能性を広げるための道具なのです。
【講演者】祖父江玲奈 氏 プロフィール

<プロフィール>
組織開発コンサルタント/コーチ
中央大学総合政策学部卒業。
アクセンチュアにて、組織戦略、組織設計、人材開発戦略を中心とするコンサルティング業務に従事。多くのインターナショナルプロジェクトに参画。
日産自動車株式会社にて、女性への魅力創出グループ課長。ダイバーシティの取り組みの一環として、女性の視点を新しい商品開発の視点と位置付け、組織横断でのプロジェクトを企画・推進。
2013年に独立、組織開発や異文化をテーマとしたグローバル企業のリーダー育成プログラムなどを手がけている。
・Hofstede-Insights Japan異文化適応力認定ファシリテーター
・Global Coaching Institute 認定コーチ
・TLC(リーダー層の360度フィードバックプログラム)認定プラクティショナー
デンマークの滞在を通じて、幸福感を支える価値観ヒュッゲに出会う。人とつながる喜びやライフスタイルの可能性を伝える活動を展開している。

<著書>
『異文化理解で磨くクローバル交渉力』Jean-Pierre Coene、Marc Jacobs著、
祖父江玲奈監修、海部夏子訳 2025 Independently published
【主なサービス領域および実績】
コーチング:グローバル企業のリーダーシップ開発、女性リーダー育成 など
組織変革コンサルティング:グローバル企業の本社機能改革、グローバル人材育成の検討 など



