「交渉アナリスト」という名称について
交渉学に関するある会合で議長が次のような発言をした。「交渉アナリストという名称について○○さんはどのように感じますか。」それに対して○○さんは「あまり魅力的な言葉ではありませんね。」と言って複雑な笑みを漏らした。その席に居合わせた私は、「両者ともあまり交渉のことを学んでいないのでは」という思いで黙していた。交渉アナリストという言葉に魅力を感じるかどうかは個人の好みの問題である、といえばそれまでの話である。魅力を感じない人がいても不思議ではない。しかし交渉学を少しでも学んだことがあれば次のようなことぐらいは覚えていて欲しい、と思った。
交渉学と呼ばれる領域には数々のアプローチがある。そのなかの1つが交渉分析である。
「交渉分析(negotiation analysis)」という語は1980年代から使われている。また、H.ライファ先生が2002年に出版された大著が「Negotiation Analysis」である。この書は交渉学の理論的支柱ともいえる名著である。是非とも図書館などでこの書を手に取って見られることをお勧めしたい。ライファ先生の前著「The Art and Science of Negotiation」を大幅に改定したものであることがわかる。因みにNegotiation Analysis の方はサブタイトルとして「The Science and Art of Negotiation」となっている。
交渉アナリストはこのnegotiation analysisを基にして求めてきた名称なのである。交渉アナリストは交渉理論を相当に学び、実際の交渉を理論的な目で分析できる人、という意味で使っているものなのである。そこでは、目的とするものは交渉の達人(tough negotiator)といわれる交渉者ではない。つまり、交渉にあたって相手方から何かをもぎ取ってくる交渉者を目指すのではない、ということである。
交渉学は政策科学の範疇に属している1分野である。
目的とするのは「話し合いによって問題を解決する」ところにある。
その話し合いをするにあたっては基盤として理論が求められる。
「理論なき実践は盲目であり、実践なき理論は空虚である」と政策科学を考えるものとして主張できる。これは、現代社会では全てにわたって当てはまるメッセージだと思われる。スポーツの領域に於いてもこれは言えることである。野球でもサッカーでも監督はそれぞれ理論的に考え指導し、練習を繰り返す。それを十分に行っておくことが試合における勝者になる可能性が高い。交渉も同様である、と考える。交渉理論を十分に学び、それで諸々の事例を分析してみる。また、ロールプレイ・シミュレーションを行ってみる。しかし、実際の交渉は練習通りの成果が出るとは限らない。しかし、理論を学んでいることで事前には「どのように計画し、どのように対応していこうか」と考え、事後には「何故上手くいかなかったのか、どこをどのようにすれば良かったのか」という反省をすることの手掛かりが得られる。理論なき・・・、というメッセージの重みはここにあると考えられる。そのような理論を習得している、という内容を表すのが「交渉アナリスト」であるとすれば、その名称に魅力が感じられないであろうか。知れば知るほど魅力的な名称であると思われるのであるが。
以上
著書紹介 土居 弘元氏
国際基督教大学 名誉教授
特定非営利活動法人日本交渉協会 名誉理事
- 1966.3
- 慶応義塾大学経済学部卒業
- 1968.3
- 慶応義塾大学大学院商学研究科修士課程修了
- 1971.3
- 慶応義塾大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学
- 1971.4
- 名古屋商科大学商学部専任講師から助教授、教授へ
- 1983.4
- 杏林大学社会科学部教授
- 1990.4
- 国際基督教大学教養学部教授(社会科学科所属)
- 1995.4
- 教養学部における一般教育科目として交渉行動を担当
- 2007.3
- 国際基督教大学を定年退職 (名誉教授)
- 2007.4
- 関東学園大学経済学部教授 現在に至る
【著書・論文 】
- 『企業戦略策定のロジック』 中央経済社 2002
- 「価値の木分析と交渉問題」 “Japan Negotiation Journal”Vol.2 1991
- 「交渉理論における決定分析の役割」 “Japan Negotiation Journal”Vol.16 2004