中国人との交渉(Ⅰ)
中国人との交渉は極めて困難だといわれるのはなぜだろうか。米国、欧州人と長くビジネス上の交渉を繰り返した後中国に赴任し、このことを考え続けた。中国には中国語で書かれた外国人との交渉術指南書がたくさん存在する。また米国のディベートにそっくりな「討価環価」という駆け引きで交渉に勝つための訓練が彼方此方でなされている。広い中国をめぐって様々な場面で中国人と交渉を繰り返したが、彼らが実によく工夫していることに感心すると同時に、共通した特色があることに気付いた。
①極力ホーム(=自分のいる場所)で交渉しようとする。
②自分達のペースにはめようとあらゆる手を打ってくる。
③大勢の人間を用意して数の優位で交渉に当たらせようとする。
④交渉や会議を細部にわたり記録し、それを分析して対策や作戦を練る。
⑤交渉に時間的な概念を極力入れない。但し相手の時間の縛りを探り出しておく。
⑥相手に対し事前に情報収集して、邪魔や妨害方法を研究して効果的に手を打っておく。
⑦自分勝手なルールを決め、数の論理などでそれに従わせようと画策する。
⑧契約順守の考えはなく、締結してもそれは通過点だと思う人が多く、平気でひっくり返す。
⑨これまでの屈辱の歴史から先進国や日本に対して搾取されてきたという意識が強く、最近は国威発揚のチャンスと一気に打って出ようとしてくる。
⑩チームワーク意識に欠け組織で動くことが苦手な為、民間企業では特に個人の力の強さ弱さで交渉のスタートラインの姿勢が決まる傾向が大。
こうした前提で中国人との交渉で数々の失敗の中から考えた“勝つための対処法”を述べてみたい。
(1)交渉の心構え
交渉に入る前に以下の4点を確認しておきたい。
1) 中国語を勉強しておく。
中国人は日本人が一生懸命中国語を使うことを殊のほか評価する。米国人や英国人に英語で話す、イタリア人にイタリア語で話す以上に喜んでほめてくれ、会議の雰囲気が和む。あいさつ程度を脱するくらいのレベルで今後も上達したいという強烈な意欲を伝えておくことだ。
2) 異文化コミュニケーション力を鍛える。
この点も極めて重要だ。勝つためには何でもありきという中国人の考えに、異文化理解は触媒の役を果たしてくれる。すさまじい大声と迫力の伴う交渉に辟易としないためにも、5000年の歴史や文化そして広い中国を知っておき、彼らの主張は“大河の一滴”と思えば怒りも薄れてくる。
3) 「性悪説」を忘れない。
第1回でも触れたが、海外とりわけ中国ビジネスでは「性悪説」が断然主流だ。『右手に「論語」、左手に「韓非子」』という本があるが、「性善説」の孔子も「性悪説」の韓非子も中国生まれだ。筆者のビジネス体験では「性悪説」が突出していた。その本質を書物や経験者の生の話を参考にして、自分のビジネスに生かしたら良い。
4) 中国流戦略に翻弄されてはいけない。
中国人との交渉における中国人独特の3戦略を予め知っておき、これに慌てて翻弄されるようなことがあってはならない。
a. 引き延ばし (際限なく引き延ばしてくるから、本音をしまい込んで譲歩は最後の最後まで取って置き、基本は断固拒否する)
b. 非難や恫喝 (相手を威嚇し、居心地を悪くし、諦めさせようとするから平気の平左で右から左に受け流す)
c. ごまかし (相手をだましても、自分の言いなりにさせようとするから強くNOという)
以上のことから、日本人の良さであった勤勉、努力、忍耐、正直、思いやり、礼節などはそのままでは中国人に通用しないと思った方が良い。その為には以下の心構えが必要とされる。
1.直接ぶつける。遠慮はしない。怒るときは怒る。メリハリを利かせて全部を語り、場合によっては恫喝も辞さない。日本でこのあたりの訓練をしておく。
2.甘えのない国だから、お人よしの日本人の「沈黙は金」や「以心伝心」は欧米人以上に能力なしと即断される。中国人は観相術が大好きだと思った方が良い。
3.はっきり、具体的に、率直に、明確に細かく自信を持って大声で言う。
4.感情は極力抑え、冷静に語調は変化させない。中国人も幼い時から感情は表に出すなとしつけられている。
5.人を簡単に信じない。相手の言ったことの裏を読み、すぐに謝らない。「対不起(ごめんなさいの意味)」とめったに言わない人達だ。
6.世界最速のリニアーカーも走る国だからスピードが何より重要だ。中国ビジネスはドッグイヤーどころかマウスイヤーと呼ばれ、18倍速で走っている国だと思った方が良い。14年間中国を定点観測し、欧米日と比較してこれが良く分かる。最近のスピードの遅い日本にイライラ感が強い人たちだ。
7.断られても絶対あきらめない。それが相手の誘い水であったケースもあったから要注意だ。
8.証拠主義の国だから、常に証拠を執拗に残しておく。賞と罰を徹底してロジカルに交渉する。
9.人は言葉でなくすべて行動で判断する。面子と相手との関係が極めて交渉に影響を与える。全身全霊を使って相手との状況を調べ応用していく。
(2)交渉に入る前のポイント
1) 事前の調査研究
まず良い関係づくりの為、客観情勢をよく調べ、記録し、作戦を練る中国に関する情報/ヒエラルキー(上下層関係に整序された
ピラミッド型の秩序ないし組織)を重んじよく研究する。
特に国や国営企業更に民営企業のあり方、改革の進め方は昨今の中国のビジネスのやり方に大変参考になる。
2) 相手との距離を縮める
この場合も「性悪説」を腹に収めて、相手の不信感を払拭しておいた方が良い。中国側がくつろいで交渉に入れるよう仕掛けをしておく。
3) 重要な人脈づくり
中国における人脈作りはいつになっても極めて重要で根気よく時間をかけて行う。人脈を築くような関係は最低3年はかかると思った方が良い。その人が入ってきたり、一緒の写真を見せたら「オッ!」と言うくらいの人が望まれる。ただ後で失脚するようなケースがあるから、事前に詳細な調査が肝要だ。よく日本人のトップで中国人と1~2回宴席で酒を飲み交わし、宴会上手な中国人に「老朋友(親友)」と呼ばれ舞い上がっている人がいる。こうした人の多くが相手の思うつぼにはまって、その後失敗してしまった例を多く見た。
4) 交渉場所
会合の場所は大いに配慮する。テーマが深刻で怒鳴り合う場面が想定されるときは、社内の会議室は避ける。また宴席にはビジネスを持ち込まないことだ。中国人のように、お互いの性格や実力を値踏みし合うのがこうした席だと割り切って対応する。宴席を交渉の場にしてはいけない。
5) 明確な戦略の準備
交渉のとらえ方は日本人や欧米人と全く違うことを知っておきたい。交渉前には明確な戦略―交渉のルールや目標、複数の譲歩案を用意しておく。タイムリミットは最初から話し合って合意しておく。
6) 交渉の時間感覚
中国での滞在スケジュールは大まかに伝えてよいが、1日程度短く伝えておく。最後の土壇場で一気に勝負をかけるケースも想定しておく。また「中国の大市場と引き換えに技術をよこせ」が中国の方針だから、技術情報をどこまで、いつまでに知らせるか事前に決めておくことも大切だ。 (以下、次号に続く)
著者紹介 平沢 健一氏
トランスエージェントパートナー G&Cビジネスコンサルタント
大手電機メーカー在職中にはアメリカ、欧州、中国の社長や会長を約20年務め、全現地法人で黒字経営を果たした。中国では生産、販売、サービス、ソフト等13社の統括会社の董事長、総経理を歴任し2商品でシェア-トップを実現、大幅なリストラ、売掛金の回収、強い人脈作りなどで実績を挙げ業界で最初の直販体制と現金回収を実現した。
すでに56ヶ国をビジネスで訪問。現在はG&C(グローバル&チャイナ)ビジネスコンサルタントの代表取締役として、主に中国へ進出する企業の支援などの実務の傍ら、大学/大学院で教え、さらに日本経団連、各地の商工会議所や日中の多くの企業等で海外派遣者教育などのセミナー講師や執筆活動で活躍中。日中における産学官の人脈も豊富で、日中を往来しながら自身の豊富な中国における事業成功体験のほとばしる思いを伝える指導には定評がある。