特定非営利活動法人 日本交渉協会
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交渉アナリスト1級会員
田口 泰規
現在のお仕事についてお聞かせください
弁護士をしています。
約11年間、都内法律事務所で、訴訟実務を中心に研鑽を積んだ後、2021年4月に独立し、円満解決を目指す法律事務所、合意解決の可能性を広げる場として、法律事務所maruを開設しました。

交渉学を学ばれたきっかけ(交渉学を学ばれる前に苦労された経験など)
交渉学との出会いは、弁護士になって2年目の2011年春に、書店で、ロジャー・フィッシャーらの『ハーバード流交渉術』を手にしたことにあります。たくさんの示唆を受けましたが、特に、立場でなく利害に焦点をあわせること、できるだけ自分と相手と共通の利益を見出すことや、交渉は相手との協働作業として進めるという発想など、そのまま仕事に活かせると思いました。当時は、訴訟関係の仕事が中心だったので、とくに、和解の局面になったときの、状況分析、利害分析、話の進め方などに取り入れていき、有効性を感じていました。
交渉学を学んでどう実践していますか?(統合型交渉の実践の例)
交渉学は「合意」を志向する技術だと思います。弁護士の仕事そのものが衝突する利害の調整・予防を内容とするものなので、交渉学は日々活用しています。まず、訴訟等によらない任意協議での話合いの場合は、「合意」によって解決することとなります。訴訟となる場合は、「第三者による判断(判決)」をまず志向しつつ、同時に、「第三者の調整による合意(和解)」の可能性を模索することとなりますが、実際には、判決より和解で事件が終わることが多いです。そのため、いずれにしても、合意に関する技術は弁護士の仕事には不可欠なものとして役立てています。
交渉学は、交渉の分野・内容にかかわらず、よりよい「交渉のプロセス」「合意のプロセス」を探求するものであると思います。アメリカの研究では、紛争には「協調的要素」と「競争的要素」があり、紛争が「建設的紛争のコース」と「破壊的紛争のコース」のいずれで進んでいくかどうかは、どの要素をどのように組み合わせるかによって変わりうる、つまり、コース(方向性)はある程度自分で選択できるということも示されています。
交渉が実際にどのように進んでいくかについては不確定な要素も多いのですが、交渉学の知見は、交渉を始める前の時点で、交渉のプロセス全体を構想し、組み立てていくことにも役立っています。
これまで様々な訴訟案件を扱いましたが、訴訟という手続の中では、差異を強調し、広げていくことになるため、当事者同士の分断は大きくなり、溝は深くなる傾向にあることが分かってきました。人間関係の毀損、時間と労力のコストなど、事件解決のための代償は少なくはありません。そして、多くの方の中では、できれば訴訟はしたくない、できるだけ早く話合いで解決したいというニーズがあることもわかってきました。
弁護士は、伝統的には訴訟等の代理業務を中心とする職業なので、弁護士のところに相談があれば訴訟・調停という法的手続を代理するというのが一般的なイメージですが、「弁護士が関わりつつ合意形成に向かう」という選択肢があってもよいのではないかと考えるようになりました。それが、法律事務所maruを開設した動機の一つです。maruは、丸であり、円であり、縁にもつながる言葉です。調和と循環による合意解決、円満解決の先に、その人にとっての本当の幸せに至るようにという願いと祈りを込めて、この名前にしました。
交渉学の知見は、自分の弁護士活動の土台の一つとなっています。
交渉学を学び今後どのように活かしていきますか(交渉に対する姿勢、モットーなど)
勝ちとか負けという言葉がありますが、何をもって「勝ち」とするかは実は一義的には決まりません。交渉の中で何を獲得するかという目標を、自身の中で明確にし、深めていくことによって変わっていきます。「相手に勝つ」という世界だけではなく、依頼者が「自分の本当の幸せ」に向かって歩んでいくために、依頼者と共に歩む中で、自分の知見が役立っていけばこれほどうれしいことはありません。
今後も、目の前の一つ一つの案件を通じて、合意解決、円満解決に向かう技術の実践と探求を深めていきたいと思います。